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秋田地方裁判所 平成6年(ワ)512号 判決

原告

甲野太郎

甲野花子

右両名訴訟代理人弁護士

山内滿

被告

A高等学校組合

右代表者管理者

乙山春男

右訴訟代理人弁護士

伊藤彦造

平川信夫

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告らそれぞれに対し、金三四三五万〇四二一円及びこれに対する平成五年五月六日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  事案の概要等

一  事案の概要

○○県公立A高校一年生の甲野次郎は、入学間もない平成五年五月六日早朝、自宅玄関で首吊り自殺した。次郎の父母である原告らは、次郎の自殺が右高校の生徒らのいじめによるものであり、右いじめに関して有効適切な措置を講じなかった右高校教員らに過失があるとして、右高校を設置管理する特別地方公共団体である被告に対し、国家賠償法に基づく損害賠償を請求した事案である。

二  争いのない事実

1  当事者

(一) 原告

原告甲野太郎(以下「原告太郎」という。)は、訴外亡甲野次郎(昭和五二年七月一五日生まれ。以下「次郎」という。)の父であり、原告甲野花子(以下「原告花子」という。)は、次郎の母である。

(二) 被告

被告は、地方自治法二八四条の規定に基づく一部事務組合であり、○○県公立A高等学校(以下「A高校」という。)を設置管理して教育事務を行うことを目的とする特別地方公共団体である。

次郎が死亡した平成五年五月六日当時のA高校校長C、教頭兼「B寮」舎監長Dその他の同校の教員(以下「同校教員ら」という。)は、いずれも被告の地方公務員であり、同校生徒らに対して教育活動を行った。

2  次郎の自殺

次郎は、○○市立△△第一中学校を卒業後、平成五年四月六日、A高校に入学し、一年B組に在籍していたが、同年五月六日早朝、〈住所略〉所在の自宅の玄関先で首吊り自殺した。

三  争点

1  次郎が自殺した主たる動機が「いじめ」によるものか。

2  被告の過失の有無

四  原告らの主張

1  次郎の自殺の主たる動機

(一) 次郎に対する「いじめ」の存在

次郎は、A高校に入学してから自殺するまでの約一カ月間、同校の同じクラスや他のクラスの同級生、上級生、「B寮」寮生などきわめて多人数の生徒から、授業時間中を除くあらゆる時間、あらゆる場所、下記(1)ないし(7)に挙げるような多大な精神的、肉体的苦痛を伴う「いじめ」を受け続けた。

(1) 休み時間中などに、次郎は、物まね、歌、踊りなどを強要された。特に、次郎が白内障のため視力が弱く、度の強い眼鏡をかけていることから、「メガネザル」の物まねを強要された。

(2) 休み時間中、授業の始まる直前などに、ジュース、パンなどを近くの商店まで買いに行くことを命じられる、いわゆる「使いっぱしり」をさせられた。

(3) 昼食時間に、自己の注文したカレーうどんに大量の唐辛子を入れられて、これを食べることを強要された。

(4) しばしば、頭、背中などを強く叩かれた。

(5) 噛んでいたガムを手に吐き出され、捨てるよう命じられた。

(6) クラブ活動では、自己の相手になる者が誰もおらず、そのため、自己の打ったボールを自ら拾わなければならなかった。

(7) 「B寮」では、朝、同室の上級生らを起こす役割とされていたが、上級生らから、目覚し時計のベル音がうるさ過ぎると言われて、目覚し時計を使うことを禁じられたため、寝過ごさないようにと緊張する余りに、ほとんど眠れない状況に追い込まれた。

(二) 右次郎の自殺の主たる動機は、A高校生徒らによる前記「いじめ」を苦にしてのものである。すなわち、

(1) 次郎は、右に例示したような「いじめ」を、同校生徒らから毎日のように受けたため、次第に精神的に追い詰められていき、学校や寮では自分をかばってくれる友人もなく、実家に帰った時だけが、次郎にとって心の休まる時であった。

(2) 次郎は、同年五月一日夕方、翌日からの四連休を過ごすため、実家へ帰り、同月三日から五日まで、中学時代の友人と遊び、同月六日は学校へ戻らなければならない日であった。

(3) しかし、度重なる「いじめ」に耐えきれなくなっていた次郎は、「学校に行ってまたいじめられるくらいなら、死んだほうがましだ。」という気になり、前記のとおり自殺したものである。

(4) したがって、次郎の自殺は、前記のA高校生徒らによる「いじめ」によるものである。

2  被告の過失(A高校教員らの義務違反)

(一) 同校教員らには、学校教育法の教育関係法規の趣旨に基づき、教育活動の場及びこれと密接に関連する生活場面において、生徒らの生命、身体等の安全を確保し、生徒らを保護、監督すべき職務上の義務がある。

(二)(1) 近年教育現場において問題となっている「いじめ」は、被害者、加害者ともにその心身の発達が未成熟であることから、重大な精神的、身体的被害が生じやすく、また、同時に、教師等、「いじめ」の当事者以外には容易に感知されにくいという特質を持つ。

したがって、生徒らの安全を確保する義務を課せられた同校教員らとしては、「いじめ」を発見したときは、当該「いじめ」の実態に応じた適切な指導を加害生徒に与え、被害生徒を保護することは当然として、表面に現れた出来事を注意深く観察することなどにより、隠れた「いじめ」を早期に発見することに努めたり、一般的な、あるいは具体的事情から「いじめ」が発生しやすいと思われる状況がある場合には予防措置を講ずるなどして、「いじめ」に適切に対処しなければならなかった。

(2) しかし、同校教員らは、次郎の本件自殺があるまで、次郎に対する「いじめ」に関して何ら有効適切な措置をとることなく、同人らに課せられた職務上の義務を怠った。

(三) 仮に、些細な「いじめ」としか認識し得なかったとしても、同校教員らは、次郎について、「進路の悩み」「勉強の悩み」「体力的な悩み」等の要因を事前に認識していたのであるから、これに「いじめ」が相乗効果を及ぼすことによって、次郎が相当程度の精神的苦痛を感じ、生きる希望と意欲を喪失しかねない状況にあったことを具体的に予見できたというべきであり、かかる観点からも被告の安全保持義務違反は明白である。

3  損害

(一) 次郎の損害

次郎は、同校教員らの前記過失により、以下のとおり、合計五二七〇万〇八四二円の損害を被った。

(1) 次郎は、死亡当時高校一年生(満一五歳)であって、前記の経緯で死亡するに至らなければ、少なくとも満一八歳に達した時から満六七歳に達する時までの四九年間は就労して収入を得ることができたはずであるのに、平成五年五月六日に死亡したことにより、四二七〇万〇八四二円(収入額を平成四年度賃金センサスの男子労働者産業計、企業規模計、学歴計平均年収額により、五四四万一四〇〇円とし、その二分の一を生活費として控除した上、ライプニッツ係数を用いて計算した。)の得べかりし利益を失った。

(2) 次郎は、A高校教員らの前記過失により、自殺を余儀なくされたため、多大な精神的損害を被ったが、右苦痛を慰謝するには、一〇〇〇万円が相当である。

(二) 原告らによる次郎の損害賠償請求権の承継

次郎の父母である原告らは、前記の次郎の死亡により、相続に基づいて次郎の被告に対する損害賠償請求権を各二六三五万〇四二一円あて承継した。

(三) 原告ら固有の損害

(1) 原告らは、次郎がA高校教員らの前記過失により自殺を余儀なくされたため、多大な精神的苦痛を被ったが、右苦痛を慰謝するには、各五〇〇万円が相当である。

(2) 原告らは、本件訴訟の提起及び追行を本訴原告ら訴訟代理人弁護士に委任し、その報酬として各三〇〇万円を支払うことを約し、右同額の損害を被った。

4  結論

よって、被告は、国家賠償法一条一項に基づき、A高校教員らの過失によって生じた損害を賠償する責任を負う。

五  被告の主張

1  次郎の自殺の主たる動機

(一) 次郎に対する「いじめ」は存在しなかった。

次郎は、内向的でおとなしい性格だったためか、多少のいたずらをされたことはあったようであるが、どこの子供社会にも見られる「いたずら」の程度のものに過ぎず、原告ら主張の「いじめ」とはほど遠いものであった。

次郎は、PTA学年部会開催時(四月二八日)の祖母の話では、次郎が帰宅したとき、「学校も寮も楽しい」と言っていた。

集団によると個人によるとを問わず、次郎に対する一切の暴力行為はなかった。

以下、各別に原告が「いじめ」と主張する(1)から(7)を検討するに、

(1) 次郎が「メガネザル」の物まねを強要された事実はない。極度に度の強い眼鏡をしていた次郎は、時々これを外してこっけいな仕種をして友人を笑わせることもあったが、これは、次郎のひょうきんな一面を表す出来事である。

(2) 休み時間中、使い走りをさせられた事実はなかった。

仮に次郎が他の生徒のために買物をしたことがあったとしても、到底「いじめ」にあたるようなものではなく、次郎の「奉仕的」関心の発露として、一つの社会参加の方途であったとも考えられなくはない。

(3) 次郎が、昼食時、そのカレーうどんに唐辛子を入れられたことが一回あったようであるが、この年齢期によくみられる一時的ないたずら程度のものであって、これを「いじめ」とするには当たらない。

(4) 同級生がふざけて軽くつつく程度のことはあったようであるが、一時的ないたずら程度の行為で、到底「いじめ」につながるようなものではなかった。

(5) 噛んでいたガムを手に吐き出され、捨てるように命じられた事実、クラブ活動で、次郎の相手になる者が誰もおらず、自分の打ったボールを自分で拾わなければならない状態であった事実、及び、上級生を起こすのが次郎の役割で、次郎が目覚し時計を使うことを禁じられ、そのためほとんど眠れない状態に追い込まれた事実は、次郎の自殺後の調査の結果、いずれも明確に確認できていない。また、仮にこれに類似するような行動があったとしても、一時的ないたずら程度の行為で、到底「いじめ」につながるというものではなかった。

(二) 次郎の自殺の原因としては、以下の事情が考えられる。

(1) 家庭事情

次郎の父(原告太郎)は出稼ぎが多く、母(原告花子)は病弱なため、祖母が母の世話をしていたが、次郎は、このような母の病気や父の出稼ぎ等家庭の悩みをもっていたかのようである。

(2) 進路の悩み

次郎は、中学三年当時、就職を希望し、在学中に職業訓練校にも合格していたのであるが、その後、家族の高校進学の強い勧めによって高校を受験して合格したものの、その後もなお就職か進学かで悩み続け、高校進学を決定したのは、締め切り間際になってからであった。

(3) 勉強の悩み

次郎は、高校進学後も例えば一行を書くにも他人の倍以上の時間が掛かり、授業にもついていけないような状態であり、高校を中退して就職することを考えていたかのようである。

(4) 体力的な悩み

次郎は、ひ弱な身体と強度の弱視から、極度の劣等感に囚われていたことが窺われ、例えば、部活動のテニスの練習についていけなかったり、寮生活にも同和協調できなかったという悩みもあったのではないかとも推測される。

2  被告の過失

A高校の教師は、以下のとおり、生徒に対する保護監督、安全には十二分の配慮をしてきたもので、何ら過失はない。

(一) 近年全国的に中学校における「いじめ」が報道されていることから、A高校においては「他人の心の痛みの分かる生徒」の基本方針の下に「生徒の悩み事相談の窓口として、生徒指導部、保健部にそれぞれカウンセリング担当者を置いて対応していた。

しかし、もともとA高校は、昭和三七年の創立当初から「開かれた職員室、校長室」の経営方針の下に生徒がいつでも職員室や校長室に入って相談できるように配慮し、生徒と教職員及び生徒同士のコミュニケーションは他に比すべくもなく緊密さを維持してきている。

当時、A高校では、温かい雰囲気の中で綿密な指導をすべく出合い相談や巡回指導に力を入れ、生徒からの些細な情報をも収集すべく努力していた。

(二) 寄宿舎であるB寮については、学校教職員で寄宿舎運営委員会(教頭が委員長兼舎監長となる。)を組織し、教職員の舎監を男子棟及び女子棟に各一名配置し、その他、警備員(夜警)及び日直も配置していた。舎監は夜九時、朝七時一〇分に寮生全員を食堂に集め点呼を取り生徒の状態を知ると同時に、食事も生徒と一緒に取り、寮生との人間的絆を強めるよう努力している。又、万が一にも問題行動が発生しないように、夜間に各部屋を訪れる巡回指導をも実施している。こうした寮の管理体制の下に、新入生が一日も早く寮生活に慣れ、快適な生活(食事、入浴、清掃等)を送れるよう出身地等を考慮しながら生徒を各部屋に配置したものであり、「荒れていた」とか「昔の飯場よりひどい」というような状態では決してなかった。

(三) 次郎については、中学校から提出された調査書に記載された特記事項(学習、健康及び性格等に関するもの)により、授業以外においても学級担任及び舎監は勿論のこと他の教職員も折に触れ、学校生活及び寮生活の様子を尋ねるなどし、また、職員室において個人面接を行ったが、特に問題がないということであった。さらに、学校生活を始めるに当たって、提出物が遅れがちであったので、その面での指導もしていた。

3  損害の点は争う。

第三  争点に対する判断

一  争点1(次郎の自殺の主たる動機が「いじめ」によるものか)について

1  自殺に至る経緯

争点を判断する前提となる自殺に至る経緯等が以下のとおり認められる(かっこ内は証拠であり、例えば「甲一」とは、甲第一号証を示す)。

(一) 次郎の人となり及びA高校入学までの状況

(1) 次郎は、昭和五二年七月一五日、原告太郎と原告花子との間の長男として出生し、兄弟はいない。次郎は、地元の○○市△△第一中学校へ進学し、平成五年三月に同校を卒業した。(争いない事実、証人Dの証言)

(2) 次郎の家族は、父(原告太郎)、母(原告花子)及び祖母であるが、父は出稼ぎに出て家を空けがちであり、母は病気がちであったことなどから、次郎の教育には、祖母の影響が少なくなかった(証人Dの証言)。

(3) 次郎は、小柄で、基本的には内向的なおとなしい性格の持主であって、気の弱い臆病な面がある反面、中学時代にはひょうきんな一面があって皆を笑わせることもあった。中学時代からあまり体が丈夫ではなく、また、極端な弱視のため分厚いメガネをかけていた。また、成績はかなり下位に属した。(乙七、証人H、同G、同D及び同Eの各証言)

(4) 次郎は、中学卒業後の進路につき、当初就職希望であって、職業訓練学校の入試にも合格していたが、最終的には、中学三年時の担任の教師が同人の家庭を訪問した際、担任、家族、本人の面談の結果、中学三年生三学期の高校入試願書締切りの切迫した時期に普通高校へ進学することに進路変更した(証人Dの証言)。

(5) 中学時代の内申書には、次郎がいじめにあっていたり、いじめられる傾向があるなどという記載はなく、△△第一中学からA高校に対して次郎がいじめられている旨の情報もなかった(証人Eの証言)。

(二) 次郎がA高校へ入学した状況

(1) 次郎は、△△第一中学校を卒業後、平成五年四月よりA高校へ入学した。同校では、同月六日に入学式が行われ、次郎は、一年B組に在籍し、その人数は四四名、担任はE(以下、「E担任」という。)であった。次郎は、課外(クラブ)活動として、中学時代に続いてソフトテニス(軟式庭球)部に所属することとし、その担当はF教諭であった。(争いのない事実、乙五、乙九、証人Eの証言)

(2) 同校には、遠隔地出身者のための寄宿寮「B寮」が設置されているところ、次郎も同寮での寄宿生活を始めることとした。

入寮に際して、次郎の祖母が右舎監長を兼ねる同校教頭のD(以下「D教頭」という。)のところへ電話をかけ、一日早く入寮したいと申し出てきたので、D教頭はこれを承諾した。次郎は、他の寮生よりも一日早い同月五日(入学式の前日)、祖母と父に付き添われて入寮して来たので、D教頭も寮へ出掛けて行って、寮内で次郎、祖母、父と会ったが、その際に、右祖母や右父からよろしくお願いする旨の話があった。そこで、D教頭は、他の寮生よりもいち早く次郎のことを覚えた。(争いのない事実、乙二、証人Dの証言)

(三) 次郎のA高校入学後の状況

(1) 学業等学校生活全般

① 次郎が入学後自殺するまでの間は約一か月で、B寮に宿泊した日数は一七日、実家に帰省して寮に不在であった日数は一三日、学校への総出席日数は二〇日であり、欠席、欠課、遅刻、早退はなかった(甲四、乙一)。

② 次郎は、弱視のため板書をノートに写す作業が遅く、また、授業中しばしば居眠りをし、問題集のような課題ノートにあまり記載しないなど、その勉強態度は、あまり積極的ではなかった(証人D及び同Eの各証言)。

③ 平成五年四月二八日には、A高校でPTAが開かれたが、次郎の家からは祖母が出席し、祖母は、「このA高校に合格して非常に喜んでいる。学校生活も寮生活も非常に楽しいと言っている。」旨、次郎が学校生活に満足している内容を発言していた(証人Dの証言)。

(2) 寮生活

① B寮は、教員及び事務職員の中から、寮運営委員を選出して運営委員会を構成し、運営委員会の委員長が舎監長を兼ね、その地位に教頭が就いていた。普段、宿直は、職員又は教員の中から男子寮に一名、女子寮に一名を置き、全職員が輪番制を取って行っている。そのほか、警備員を一名配置し、日祭日あるいは平日の放課後(生徒が放課になる午後三時ころから職員が寮直に入る午後六時半ないし七時までの間)には、日直代行四名を置き、火気管理等を含めた体制を取っている。右運営委員会では、営繕管理、食事等の指導、寮生の健康管理及び生活指導を行った。(甲二、証人Dの証言)

② 同寮では、一部屋に下級生と上級生とを同室とするようにしたが、これは、寮内の生活状況や生活時間等を早く覚えてもらうため、出身地域の近い者同士を同室にするとの考えに出たものである。次郎の場合も、二年生二名と同室であった。(証人Dの証言)

③ 同寮内では、下級生が、朝、朝食のための食堂への集合のため、各部屋をノックして寮生を起こして回るという慣行があり、次郎も一緒に合図するために回っていた。また、次郎は、寮室内で起床する際、他の下級生と同様、目覚し時計を使用することはなかった。(証人Dの証言)

④ 次郎は、毎土曜日、四月二五日の日曜日及びA高校創立記念日等の祝日の前日及び当日、B寮に泊まらず実家に帰省していたが、その頻度は、他の生徒と比べて、特に頻繁であるとか、特に少ないということはなかった(甲四、乙一)。

(3) 次郎の受けていた「いたずら」ないし「嫌がらせ」の状況

次郎は、A高校での生活の中で、他の生徒から、以下のような「いたずら」ないし「嫌がらせ」と言える行為を受けた(本件において、これらの行為を「いじめ」と表現しないのは、その概念のあいまいさ、その及ぼす影響に対する評価の相対性を考慮してのことである。)(以下証人Hの証言)。

① 昼休み時間中、学校の食堂で、少々不良っぽく他から結構怖がられていた上級生(三年生)が、次郎の目前で、その食べるカレーうどんの中に唐辛子をたくさん入れて次郎にそれを食べるように命じ、次郎は、これを食べたが、右上級生がいなくなった後に吐き出したということが一回はあった。

② 同学年の隣のクラスの男子生徒に、手を出せと言われて、次郎が手を出すと、噛んでいたガムを吐き出され、捨てて来いと言われた。次郎はそれを拒否しなかった。

③ 隣のクラスのガムを吐き捨てた生徒や同クラス、隣のクラスの約三、四名の者から、休み時間にパンやジュースを学校の近くにある店から買って来るいわゆる使い走りを複数回要求された。次郎は、嫌な顔をせずにこれに応じていた。(甲九)

④ 体育や授業のための移動の際、同じ生徒が後ろから走って来て歩いている次郎の頭を叩き、そのまま逃げた。

⑤ 次郎の周りに男子生徒が集まって、物まねをしろとか、歌を歌えとか、かけていた分厚い眼鏡のことでからかわれた。次郎は、かかる物まね等の要求に対して、拒絶することもなく、外見上、これに応じていた。(甲一の二、甲九)

(4) 次郎に対するD教頭、E担任等教員らの対応

① D教頭は、次郎の入寮時の経緯から、次郎の印象が強かったこともあって、校内を回っていた際に一回、次郎が職員室に何かの用事で来た際に一回、声を掛け、寮生活や学校生活のこと等を尋ねたが、次郎は、心配ありません、楽しくやってますという旨の返事をし、特に変わった様子はなかった。また、学校生活や寮生活を通して次郎が特に問題となることはなく、E担任や他の教師から問題がある旨の報告を受けたこともなかったし、教師間で次郎のことが問題となることもなかった。(証人Dの証言)

② E担任は、次郎に対して、入学間もないころに一回、その後は次郎が放課後、部活に行く際に一回、学校生活一般についてどうかと尋ねたことがあるが、次郎から特に学校、寮内のことで悩んでいるとか不満を持っている旨の話はなかった(証人Eの証言)。

③ D教頭やE担任は、前記の次郎に対する「いたずら」等を直接目撃したことはなかった。

(四) 自殺直前の五月の連休中の次郎の行動

(1) 次郎は、平成五年五月一日夕方、翌日からの四連休を自宅で過ごすために、実家へ帰り、同月三月から五日にかけて、中学時代の友人であるG(以下「G」という。)と行動を共にした。

Gは、次郎とは小学校以来の知り合いで、中学入学以後は特に親しく交際していたものであるが、中学卒業後は就職したので、次郎とはしばらくは会うことがなかった。Gは、右連休中に連日、次郎の自宅を訪れ、一緒に、テレビゲームをしたり、ゲームセンターへ遊びに行くなどして行動を共にした。(甲四、乙一、証人Gの証言)

(2) 右五月三日から五日までの間、Gと次郎との会話の中には、次郎のA高校での学校生活の話題は出なかったが、同月五日、ゲームセンターで遊んだ後の別れ際に、Gが次郎に対して、「学校がんばれよ。」などと言ったところ、次郎は、「学校へ行くといじめられるので行きたくない。」と言った。Gが、どういうふうにいじめられるのか聞いたが、次郎は話さなかった。そこで、Gは、「学校に行きたくなかったら一緒に同じ会社で働いてみないか。」と誘ってみたが、次郎は、そういうのもいいなといった表情を示したものの、「学校、やめれないから。」と答えた。Gは、更に次郎に対し、「話してみれ、おばあちゃんに言ってみれ。」などと言った。

Gからみた連休中の次郎の様子は、元気で普段と変わりのないものであったが、右五日の別れ際には、普段より少し暗い感じであった。(証人Gの証言)

(3) なお、右五月二日から同月五日までの間、次郎の所属していたテニス部は、東北、北海道の代表校が一同に集まる強化合宿に参加したが、次郎は、都合が悪いとしてこれに参加しなかった(甲一の二)。

(五) 次郎が生前記入していた心理テストの結果

次郎は、平成五年四月二一日のホームルームの時限に、生徒の生活、心理状況の調査を目的とし、個々の生徒に回答してもらう方法により一定の判定を行う「高校新入生のためのSG式総合生徒理解調査」を受けた。その後右調査回答書は業者へ発送され、同年六月三日にA高校へ結果が返送された。(乙六ないし八、証人Dの証言)

その結果は、以下のとおりである。

(1) 総合データでは、A・特別コメントでは、「心配事があるが、相談する相手がいなくて悩んでいる。」「悪い友だちとつきあっていて悩んでいる。」「高校での学習意欲は低い。」「ストレスは大きく注意をようする。」「家庭の進路意識に問題のある可能性がある。」とコメントされ、B・生徒指導総合コメントでは、「中学時代、ときどき上級生や同級生からむりやりお金や物を取られたことがあるので、注意したほうがよい。」「中学時代、クラスの中でいじめられることもあったと回答しているので、高校でのクラス内の友人関係に注意したほうがよい。」「心配事があるが、相談者がいなくて悩んでおり、家出傾向、いじめられる傾向があるので、注意したほうがよい。」「家族の仲が悪くて悩んでおり、家出傾向もあるので、注意したほうがよい。」とコメントされ、C・学習指導総合コメントでは、「学習環境に問題があり、ストレスが大きくなっている可能性があるので、注意したい。」などとコメントされ、D・進路指導総合コメントでは、「自分の将来について家族と話し合うことがほとんどないが、家庭の雰囲気などの要因に問題が考えられるので、家族との面談も必要であろう。」「家庭の進路意識に問題のある可能性があるので、家族との話し合いが望まれる。」などとコメントされている。

(2) 生徒指導データの「悩み」欄では、「①家族と意見が合わず、言い争いをする。②心配事があるが、相談する人がいない。③家族の仲が悪い。④体の具合が悪い。⑤体力がない。⑥悪い友だちとつきあっている。⑦同級生とうまくいかない。⑧将来に目標や希望がもてない。⑨友人とうまくいかない。」と記されている。

(3) 学習指導データ中、C・ストレススケールは大きいとされている。

(4) 進路指導データ中、C・進路指導調査中の「進路意識」の中には、「本生徒の家族は子どもの将来について話し合うことがない。」旨記載されている。

2  次郎の自殺の主たる動機

(一)  以上の事実やその他本件証拠関係(甲九、乙七)を前提に、次郎の自殺の主たる動機が何であったかを検討するに、A高校においては、次郎をめぐって、前記一1(三)(3)のとおりの「いたずら」や「嫌がらせ」の事実が存在し、これに対し、次郎は、そのおとなしく内向的で気の弱い性格や幾分奉仕的な傾向から、表面上は自発的に応じたり、嫌な顔をせずにいたことが見受けられるが、内心は、かかる表面上の振る舞いとは裏腹に、学校生活になじめない出来事の一つとして悩んでいたものと推認される。

しかしながら、前記認定にかかる次郎のA高校における学業面における意欲、態度及び能力、次郎の中学卒業直前に職業訓練学校から普通高校へ進路変更した経緯、特にそれが次郎の希望ではく家族、当時の担任、本人の面談の結果決められたこと、加えて前記心理テストの結果を総合すると、次郎は、当初から学業生活に充足感を抱けず、高校へ進学したこと自体、不本意のまま、今後の学校生活に関し、不安を持ち、家族の者らと意見の対立ないし葛藤があったものと推認でき、このような面において、次郎には看過できない精神的負担が生じていたものと考える余地が多分にある。

(二)  右のような状況に加えて、次郎の自殺の時期が入学後間もない五月の連休明けであって、学校生活も短期間であったこと、次郎の受けた「いたずら」や「嫌がらせ」は特定人から長期間にわたって執拗に行われてきたものではなく、その内容や程度も深刻なものではないこと、遺書や日記など次郎の心情を直接知ることのできる資料が存在しないこと、次郎の家庭の雰囲気、家庭生活の状況、親子関係等も明らかになっていないこと、及び、一般に自殺の心理構造やその環境的要因、素質的要因に対する解明は容易ではないことを考慮すれば、本件においては、次郎の自殺の主たる動機を判定することは困難というべきであり、したがって、次郎の自殺の主たる動機が次郎の受けた「いたずら」や「嫌がらせ」であると推認することができないものと言わざるを得ない。

二  以上のとおり、本件では、そもそも次郎の自殺の主たる動機が判定できないものであり、かつ、自殺前に自殺念慮を窺わせる次郎の言動も存在しないものであるから、かかる状況下においては、A高校教員らが次郎の自殺を予見することは不可能であり、右教員らの義務違反は、これを論ずる前提を欠くというべきである。

三  結論

以上によれば、原告らの本訴請求は、いずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官片瀬敏寿 裁判官坂本宗一 裁判官山下英久)

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